十六夜日記

鎌倉に行ったりはしない日記

東大を地学で受験した話

これは何ですか?

 令和5年度東京大学第2次学力試験を地学選択で受験した体験記です。

 悲しいことに地学受験者は東大に限らず非常に少なくて、地学の受験指導(どころか高校地学の教育体制も?)が不十分な環境が多い現状があります。学校で地学が開講されないので独学している人もいるそうです。

 今回筆を執ったのは、「地学に興味があって地学を受験で使いたい!と思っているのに外的要因で断念せざるを得ない人」を出来るだけ減らすため、あわよくば「地学は気になっているけど、受験戦略としても有用なら勉強してみようかな」と思う人を増やすためです。

(本当は学問に対してメリット・デメリットを論じるのは望ましい態度ではないですが、今回はあくまで受験戦略の1つとしての地学選択の是非について書きます。また、途中で地学オリンピックへの言及がありますが、「受験のために参加しよう」と主張する意図は一切含まれていません)

あなたは誰ですか?

 どうやら世間には「発言者」という情報を過剰に「内容」の価値に反映したがる人がいるそうなので、このパートを作りました。嘘です、自分語りが好きなだけです。

 僕は中学で必修なので地学基礎を習い、高2で物理化学に加えて地学を選択し、高2末に地学受験を決心して、高3では物理と地学を受けていました。受講者2人のために地学を開講して下さりありがとうございました。高2のときはあくまで教養として選択してましたが、受験科目選択の時期に地学オリンピックがあって「地学は思っている以上に面白いな」と気が付き、また化学の「無機です。覚えろ覚えろ覚えろ」みたいな授業が嫌になったので、地学受験を決めます。

 授業を受けていたのは2年間なので、短くはないですが、ずっと前から地学をしていたという訳でもないくらいですね。こと受験に限れば1年間あれば十分だと思いますが、僕自身が一応2年間かけている身なので、高3になってから地学を始めようとしている人は話半分でこの後を読んでください。

前日譚(共通テスト)

 1年前の同日受験の時は、たしか地学は87点でした。ちょうど地学オリンピック2次予選の勉強をしていた時期だったので点を取りやすかったのでしょう。今年は満点を目指していましたが、1問目を間違えて96点でした……。無念。

 ところで、あの得点調整ひどいですよね。 

「受験者の少なさを理由に救済処置をとられなかったことがある人だけが石を投げなさい」ですね(いいえ)。

解いてみた感想は?

 今年は物理が荒れましたが、僕は地学に救われて何とか生還、という感じでした。模試を解いていると、大量の記述と有効数字2桁の細かい計算の嵐で疲労困憊、80分で終わらないこともザラにありましたが、今年の本試は70分弱でほぼ解き終えることができました。難易度もぐっと下がっていました。

 天文の計算で、太陽の表面温度や寿命を前提知識として計算に用いる必要がありました。いずれも常識ではありますが、過去問や模試だときちんと値を与えられていたと思うので、別の解答方針を作ったほうがいいのかちょっと迷いました。

 そういえば海洋分野で潮汐力の記述説明を求められましたね。昨年の東大物理の力学を意識したのかな、と後から思いました。

どう勉強しましたか?

 以上は自己満足記事で、ここからが本題ですね。少しでも地学選択者の参考になれば良いなと思いながら書いていきます。ただ、大して強い人間ではないので、僕がやった勉強・意識していたことを淡々と並べていくに留めることにします。

  1. 基本知識詰め込みパート
    ・教科書*1を軽く1周読み、主要なテーマを把握。図表*2を2週間かけて熟読。
    ・地学オリンピック*3対策のため、過去問を解いて誤答問題とその関連事項について調べる作業を反復。
    ・数字のオーダーを意識して覚える。現象の時間・空間スケールがどれくらい大きいかは早めに覚えておくと、イメージも湧くし、計算問題の答えが現実的か判断できるので良い。

  2. 共通テスト対策パート
    ・1年で軽く100回はマーク模試を解いた。過剰だった気がする。
    ・とにかく基本の知識の抜け漏れを0にすることが目標。東大でも毎年必ず基本語句と数字を答える問題が出るし、そんなので点を落としていられないので。
    ・解くときは答えを決めてから選択肢を見て、消去法を使わないようにする。そうすればマーク模試といえど、現象のメカニズム理解が進むはず。東大の説明記述でもマーク模試の選択肢にあるレベルのものを書かせることがよくある。
    ・日本語の問題とか引っ掛けとか多くて非常につまらないが、1つくらいは得るものがあるので我慢してやった。あと、注意力は大事なので。結局、東大の本番は誤読して点落としたけど。
  3. 2次試験対策パート
    ・~秋は冠模試を受けて復習するだけだった。
    ・ちょっとだけ駿台などの全国記述模試(≠冠模試)の過去問を解いた。大した学びは無かった。そこで問われるレベルはマーク模試で十分だった気がする。
    ・共通テスト後から河合OPと駿台実戦の過去問を解き始めた。2次までに20回分以上解いた。過剰では?と思っていたけど、最後の2回分くらいでようやく「事故っても40点はとれる」と思えるようになったので丁度良い量だったかも。
    ・計算と記述が重いので本番は地学のために80分以上残すことにする。今年は物理に予定を破壊されたが、地学は70分くらいで何とかなった。
    ・計算は重いと思っていたが、繰り返せば大したことがないと気づく。たまに人間を電卓と勘違いした問題が出るが、それはどう考えても単位時間あたりの得点が低すぎるので捨て。
    ・模試は記述の量が多い傾向にある。35 [字/行] × 30~35 [行]の記述が要求されるが、本試はそんなに重くない。
    ・第1問の天文は計算が重たいので後回しにしよう、という人がいるけど、慣れれば重くないし解法は簡単なことが多いので、僕は最初に解くことにしている。
    ・第2問の大気・海洋の記述が苦手だったので、模試の過去問演習で一番学びが多い分野となった。
    ・第3問の固体地球・地質は、駿台実戦が強烈だった。初見だと中々理解と応用が難しい考え方がよく出てきたので、時間内に解けなかった分を後からゆっくり解いて復習した。前から解くと、計算で沼ったり記述が重かったりするときに第3問の途中で時間が足りなくなることがあった。知識で即答できるものも多いので、それを落とすと勿体ない。
    駿台実戦の毒舌講評を読むのが楽しかった。定期的に受験者の倫理観の欠如を嘆いていた。
    ・本試の過去問は3回くらいしか解いてない。少ないね。もうちょっと解いたほうが良いと思います。
  4. 試験直前
    教科書と図表を広げて、「あいつ……地学選択!?」みたいな雰囲気を出そうとした。しょうもない。
    ・鉱物のデータ(形状・多色性・干渉色・劈開・消光etc)を定期的に忘却してしまうので、直前は図表にある鉱物の表を眺めていた。鉱物名を聞く問題が出たのでビンゴ。

メリットは?

 僕は地学受験を勧める側の人間なので、メリット・デメリットはややポジショントークになると思います。でも、きっと周囲の大人は地学受験を勧めない側のポジショントークをするので、相殺してください。

 この記事を書くにあたってTwitterのFFの地学受験者にもメリット・デメリットを質問してみました。そこで寄せられた回答も以下に含まれています。身近に地学受験者がいる期待値は低いですが、Twitterには沢山いるので、気になることはそこで質問してみると良いと思います。地学選択者は地学を選択しようか迷っている人に優しいです(それはそう)。

 それでは、東大に限る話もあるかもしれませんが、地学受験のメリットを並べます。

  1. 楽しい
    ・地学に限らず、好きな学問を学んで、ついでにそれを受験に使えることが理想ですよね。
    ・地学の勉強は、新しい知識や考え方をインプットするフェーズと、それを応用してアウトプットするフェーズが丁度良いバランスで存在するので、飽きず疲れず、むしろ地学の勉強が受験勉強の息抜きになります。
    ・模試の過去問も、初見の題材が与えられて考察するタイプが多いので、過去問演習がマンネリ化しません。考察してみると意外な結論に辿り着くこともあり楽しいです。
  2. 得点が安定しやすい
    ・共通テストについては、90点以上をとりやすいんじゃないでしょうか? 必要知識量は化学や生物より少なそうですし、試験時間も退屈になるくらい余ります。
    ・2次試験では点数の下振れがしづらいです。例えば物理だと題材によっては大問丸ごと落とすこともあり得ますが、地学は第2問と第3問は2つ以上の分野の問題からなるので1つのテーマが分からなくても高々10点程の損失です。
    ・問題は知識と計算と考察からなり、考察も題意を把握すれば易しいものが多いので、~40点くらいまでは解答を書けば書くほど点が入る印象です。
    ・計算問題では常識的な数値と比較することで多くの場合は自身の答えが合っていることを確信できます。考察問題も、馴染み深い結論が導かれると安心します。
  3. 他の科目と相性が良い
    ・地学は物理・化学・生物を内包します(強い主張)。
    ・例えば天文の計算はほぼ物理です。例えば化学平衡の考え方で大気中の二酸化炭素濃度の負のフィードバックを理解できます。例えば地史を知るときは動植物の変遷が欠かせません。これはつまり、物化生で勉強した知識や考えを地学でも活かせるということです。ついでに地理とも相性が良いです。
    ・特に物理選択者は地学の数理モデル計算の問題を解きやすいと思います。
  4. 地学オリンピック対策を流用できる
    ・地学受験者には地学オリンピックの参加者が多いと思います。科学オリンピックの中でも地学オリンピックは大学入試との出題範囲の一致度が高いです。高2までに地学オリンピックの対策をしていた人なら、順調に受験勉強に取り組めるでしょう。早い段階で理科1科目が大方完成していると安心です。

デメリットは?

 「地学で受験しようかな……」と言うと、周囲の人は血相を変えてデメリットを提示してきませんか?

 実際に地学受験は冷遇されているのかと思うくらい、他教科と比較して厳しい条件がありますが、よくよく考えると問題にならないものもあります。個人的な反論も併せて書きます。

  • 志望校が限られる
    ・僕は東大以外の地学受験状況に疎いですが、旧帝だと東大、京大、東北大、北大あたりで地学を使えるはずです。私立だと早稲田の一部の方式や、そもそも理科1科目のみの学校を受験できます。
    ・共通テスト利用であれば地学を使えるところが多いです。2次に集中できるので共通テスト利用で早稲田や東京理科大などの合格をとっておくと楽かもしれません。
  • 高得点をとりづらい
    ・前述したとおり、ある程度までは比較的容易に得点できますが、例年は記述が一定量あることと、初見の題材が出されがちなことから、50点以上を安定させるのは僕には出来ませんでした。
    ・模試の平均点を見ると、地学だけ他の科目より10点以上低いこともままありました。駿台実戦の場合は採点が 不条理すぎる 厳しすぎるきらいもありますが。
  • 受験者が少ない
    ・最大の欠点です。どうにかしたいですね。
    ・共通テストで得点調整を受けることができません。1万人の受験者が必要なんでしたっけ……。
    ・2次については、理科には得点調整があるという噂がありますが、それも地学はあんまり期待しないほうが良さそうです。
    ・受験者数が少ないので、当然知り合いの地学受験者も少なく、模試による自分の立ち位置の把握が難しいです。
    ・学校で模試を受けた後、みんなが化学の問題についてワイワイ話しているのを眺めて寂しくなっていました。
  • 教材が少ない
    ・参考書も科目別赤本もありません。
    ・教科書と図表さえやれば範囲をカバーできるので参考書はいりませんが、赤本25か年のようなものが無いのはいささか面倒です。理科全科がまとまったものを買う必要があります。
    ・地学の授業がある塾もほとんど無いです。それは仕方ないんですけど、河合の直前プレで地学が無くて困ってしまいました。
  • 教えてくれる人が少ない
    地学教員がいないことも珍しくなさそうです。
    ・僕の学校は地学の授業があったものの、教員は生物の人でした。
    Twitterに生息している地学徒に質問すると良さそうです。

最後に言い残すことはありますか?

 ん-、あまり上手くまとめられなかった気がします。結局は僕は一番楽しい選択をしただけなので、メリットやデメリットは後付けなのかもしれません。僕は地学が好きなので地学受験を決めましたが、物理や化学や生物が好きな人はそれらを選択するべきでしょう。この記事で伝えたいことはただ1つ、「地学で受験したいなら、躊躇う理由はない」ということだけです。

 あと、受験に関係なく地学は面白いので趣味がてら勉強してみても良いかもしれません。